ヒルベルト・プログラム 完全な数学を目指して・・・その後 (3/7章)
そこでヒルベルト・プログラムなわけです。
数学の巨人ヒルベルトでさえも
「ちょっと待て。先に進むのもいいけど、
一度後ろに戻って数学のルールをきちんと基礎の基礎から整備するのも必要な仕事だ」
と疑問を投げかけた事に
意義がありました。
ヒルベルトが考えるには
そもそも
「これ正しい?」
みたいな疑問は本来数学に出てくるべきではない、と。
数学は絶対的な学問。
正しい物は誰が見てもやっても正しいし、
間違ってる物は誰が見てもやっても間違っている。
いわばチェスのゲームのように、
駒・駒の動き方・ルール(=公理)などを定め、
駒同士が動いたときに何が起こるか観察するだけの
ドライな観点で見るべきである。
ルールはただのルール。
決められた条文であり、そこに意味はない。
こんな感じで
数学には人間が主観を持ち込む余地など
決してあるべきではないと考えました。
人間はミスを犯すからね。^^A;
「〜は正しい。・・・と思う」感覚に頼るのは良くない。
究極的には機械にでも解くことが出来るべき。
なぜなら正しい物は正しいから。
機械が解いても人間が解いても結果は同じ。
数学とはオートメーションな学問であるべきだとの強い認識が
彼にはありました。
そしてヒルベルト・プログラムとは
そのオートマチックなシステムを
構築・立証・検証するためのプロジェクトです。
・・・実際。数学者の中に
ヒルベルトのスタンスに反対する者はいないでしょう。
数学は絶対的な学問。人間の主観で答えがコロコロ変わるのはあり得ない。
これは数学者なら誰しも持ってる共通の認識かと。
自分たちの基盤を整備して
より強固にする。
基礎工事がしっかりしてれば
「あれ? 何かおかしくね? どこかで間違った?」
みたいな不安は今後なくなります。
そうですね。
いやいや。反対するわけはありません。
かくして有志数学者連合によるヒルベルト・プログラムが始まりました。
完璧な数学・・・・すなわち
究極のオートメーション的な数学基礎理論。
それに依れば証明は機械的に導出されるので 人間の主観が入る余地がない。
主観が入ってないのだから絶対的に正しい。
議論の入る余地がなく、誰もを納得させられる完璧な理論
を目指して・・・!
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