数とは何か。数学V宇宙の脊髄を自然数が走る。 第3章



現在ではZFC(Zermelo-Frankel+選択公理)と言うシステムが数学の標準と考えられ、
数学の全てはZFCにある9つの公理からスタートするとされています。
具体的に列挙しましょう。

ZFC公理体系


公理0.集合の存在
∃x(x=x)

公理0はそもそも集合が存在しなければ議論も何もないので特別扱いして0番とします。


公理1.外延性
∀x∀y(∀z(z∈x⇔z∈y)→x=y)


公理2.基礎
∀x(∃y(y∈x)→∃y(y∈x)∧¬∃z(z∈x∧z∈y)))


公理3.内包性図式。
任意の式φにつき
∀z∀w1,....wn∃y∀x(x∈y⇔x∈z∧φ)


公理4.対
∀x∀y∃z(x∈z∧y∈z)


公理5.和集合
∀F∃A∀Y∀x(x∈Y∧Y∈F→x∈A)


公理6.置換図式
任意の式φにつき
∀A∀w1,....wn(∀x∈A∃!yφ→∃Y∀x∈A∃y∈Yφ)


公理7.無限
∃x(0∈x∧∀y∈x(S(y(∈x)) (SはSuccessor関数)


公理8.冪集合
∀x∃y∀z(z⊂x→z∈y)


公理9.選択
∀A∃R(RはAを整列順序づけする二項関係)


あと例外として公理Eを付け加えます。
公理E.空集合
∃x∀y¬(y∈x)


なぜこれが例外なのかは後で説明します。

なにやら∀やらヨやら∧やら∨やらやたら記号が多いですが。(^^;
数学では言葉(日本語や英語やその他言語)による意味の曖昧さや誤解や齟齬を
避けるため
定義は全てシンボルや記号に置き換えただの演算装置にする事で
世界中の誰が読んでも使っても全く同じ意味になるよう努めます。
その為のルールも完全に整備されておりそれが∀やらヨやら∧やら∨なのです。


さて、このZFCはさておき
まずは反面教師として「やっちゃいけない」ラッセルのパラドックスを考察する事から始めます。

ラッセル集合を再度表記すると
「ラッセル集合Aとは、集合Aに含まれないメンバーで構成される」
です。

これのどこに問題がありそうかと言えば・・・
「集合Aとは、集合Aに含まれない」
ここ、この部分ですね。

そもそも「集合Aとは〜」この文章がここまで表記されたこの時点では
まだ集合Aを定義している最中なので
表現が完成するまでは集合Aは存在できません。

それにも関わらず「〜集合Aに含まれない」
と集合Aを定義してる最中に集合Aを召還して
集合Aの定義の中に組み込んでしまったためにおかしなことになったのです。

集合Aの定義が集合Aを参照する、
このような循環、ループを定義内に入れてしまったのがパラドックスを産み出した原因っぽいです。


ループを入れた事で矛盾が発生したのならループをさせなければいい。
最初に何か一つ、絶対的な個体を決め
そこを起点すればいいのではないだろうかと数学者達は考えました。

そして辿り着いた結論が『空集合』。

それがこれ!
{}


なんじゃこりゃ?(^^;
と思いましたでしょうが
もうちょっとわかりやすくスペースを入れて書くとこう。
 {   }
すなわち、中に要素が一つも入っていない集合なのです。
(後者はわかりやすく便宜上スペースを入れて強調表示した物で、
 決して『スペースが入っている』と意味ではありません。)
空集合は中に何も含まない {}です。

えっ、そんなの可能なの?な感じもしないでもないですが
『集合』とは『箱』の事です。
「中身が空の箱」と言う物体なら間違いなく存在できるので問題はありません。


拍子抜けするかも知れませんがここ、本当に超重要なんですよ。

実はこの
{}
空集合こそが数学の底の底の底、いま私たちは数学世界の一番底にいて
誕生の瞬間を見ています。

数学の全ては空集合から始まる。

そしてこの空集合と言う名の箱の存在は
ZFCの公理E.「空集合の存在公理」によって保証するとします。
「公理」とは数学での最も根本的な原理。
シンプルすぎるがゆえにこれ以上は遡って証明を作れないとされ
便宜上「公理」に書かれた事は無条件で正しいとします。

それが「なぜ?公理が正しい事は誰が保障してくれるの?」はまた別の議論ですが
「公理=ゲームのルール」と考えてください。
とにかくそういう「ルールを定めた」って事にして、数学者もそういう「ルール」に従って
議論を展開します。

少なくとも現代数学の観点からは
数学とはただの論理ゲーム、いわばチェスや将棋の同類であり
公理が哲学的に、または主観的に、正しいかどうかを議論することに意味はありません。
(ゲームの中に理不尽・矛盾を孕むようなルールがあるかどうかについての議論は有意義ですが)


余談:
歴史上の都合により
空集合の存在公理は初期の旧ZFCの中に存在してましたが現在の新ZFCからは削除されてます。

新ZFCの方が旧ZFCより能力が高い上に
空集合定理は新ZFCの中から導くこともできるからです。
よって(意味の重複になるから意味ないだけで)ここでは説明の便宜上
空集合公理もZFCの中に入れる事で
わかりやすく空集合の存在を公理的に保証します。


しかし・・・厳密に言えばこの時点でも「果たして空集合は矛盾を含まないのか?」の
数学的考察が必要なのですが・・・
ぶっちゃけそれは無理です。^^;

空集合{}は中に何も入ってない箱、数学におけるもっともシンプルな物体。
いかんせん空集合{}より単純な集合・概念・存在はありません。
これ以上原理が遡りようがないので証明のしようもないです。

ここは「空集合とは中身が空の箱。空だしここまで単純な物体なら矛盾は含まれないだろう」
でちょっと苦しいですが済ませてしまいます。
いや、でも本当にそれ以外の説明・証明のしようがないのです。

とにかく空集合は空集合定理によって存在が保障され
およびその中に矛盾がない事については「多分大丈夫だろう」と言う立場で
無条件で受け入れるスタンスを取ります。

なおZFCの無・矛盾性は原理的に証明できない事(=数字システムの無・矛盾性も証明不可)がのちにゲーデルによって証明され
「不完全性定理」と言う名前でまとめられています。
それについてのコラムは別に書きましたので過去の
不完全性定理について
を参照してください。

(まあ一応ウルトラC技としてZFCより強力なシステム、仮に公理体系ZFC+を持ち出して
 その中からZFCの無・矛盾性、および数字システムの無・矛盾性も証明できない事はないですが
 その場合はZFC+の無・矛盾性が証明未完了になるので問題を外に一つずらしただけで根本的な解決にはなりません。)



次の章ではこの空集合とZFCを組み合わせる事で
第二世代、第三世代、第四世代・・・と
バリエーションを作り出してゆきます。


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