測度論と、面積が測定できない不思議な図形の話 - 4


(この章では用語の利便の為にまた単語を「面積と図形」から「長さと集合」に戻します。
 後者は前者の1次元の線上のバージョンと思ってください。)


さてでは実際に絶対の長さの測れない集合と言う物を作ってみます。

まず区間[0,1]を取ります。
0〜1の間の全ての数がこの中に詰まってます。

そしてその中から「有理数加算による同値関係フィルター」と言う物をかけて要素を間引きます。
有理数加算による同値関係」とは、ある数xに対してx+q(q=有利数)を持って
x〜x+qとなるような数の事です。

例を出すと1/10と1/2は同値関係です。
なぜなら 1/2 = 1/10 + 4/10とかけるからです。

同様に √2に対しては√2 + 1/2、√2 + 3/4、√2 + 99/100・・・
など「√2+分数なんでも」になる数は全て同値関係になります。


逆に同値関係でないのは「√2と0」などです。証明は省略しますが
  √2 = 0 + 分数
はどんな分数を持ってきても成立しないからです。(式を満足させる分数が存在しない)

同様の理由で「√2と√3」、「√2とπ」なども同値関係ではありません。



さてこの同値関係を[0,1]の区間の集合に適用して数を間引きます。

また例を出します。
[0,1]は0〜1の間の全ての数の集合ですから、そこには
√2-1  = 0.4142・・・、
√2-1/2 = 0.9142・・・・、
√2-3/4 = 0.6642・・・、
・・・
などの多様多種なあらゆる数が存在してますが、
同値関係で間引く事により
「√2+分数なんでも」に属する無限のバリエーションは間引かれその中からたった一つ
√2-1 = 0.4142・・・だけが残ります。
(√2-1を選んだのは適当でいいです。「√2+分数」の中のどれを選んでも違いは出ません。)

このように有理数加算による同値関係にある物を全て間引いて
代表を一つだけ残してゆきます。
そしてできあがったものをPと呼びます。

一例としてPは
 P={√2-1、√3-1、π-3、・・・}
のような要素を持っています。要素の数は無限です。

このPこそが長さを測量する事のできない絶対不可測集合なのです。



なぜPは不可測なのでしょうか。

証明の前にQn
  Qn = P + qn (mod1) (qnはn番目の有理数)
と定義します。

Qnは集合Pをqnだけ平行に横にシフトさせた集合です。(シフトして0〜1からはみ出た数は-nして0〜1の間に戻す)

すると
  [0,1]=ΣQn の関係式が成り立ちます。


なぜかと言うとそもそもPと言うのが[0,1]の間から有理数加算同値関係によって
有理数による同値を間引いた物だからです。
ΣQn=Σ(P + qn)と言うのは間引かれた有理数を一個一個Pに戻してゆき、それらを
全て足す行為なのでその結果[0.1]の間の数が全て戻ってきて
[0,1]が復元されるからです。
お互いがちょうど逆操作になるんですね。



・・・・
わけがわからなくなってきたのでいったん図形で表現してみましょう。(^_^;
まず[0,1]の区間。
図1:
(本当はただの1次元の線ですがイメージ化の為に2次元の図形に膨らましてます。)


ここから有理数を間引いたPの図形イメージが図2です。
図2:

白くなった場所は有理数加算同値関係によって重複となってしまったため
間引かれた部分です。
緑の線は同値関係の中の代表に選ばれてまだ残ってる要素です。



そしてQnはPをqn横にシフトした物。
例としてQ2はこんな感じです。

このような感じで右に1/3シフト、右に2/3シフト、右に1/4シフト・・・と
全ての有理数に対してシフトを適用したのがQnです。

そしてそれらをQnのn=0からn=∞までを全て重ね合わせると

[0,1]の区間が戻って来ます。




前章で面積についての定義を決めました。
具体的には面積と呼ばれる物は最低限以下の性質を持つべきだと。
おさらいとして再収録します。
1.幅a、高さbを持つ長方形の面積はaxbである。


基本長方形の面積は常識的であるべきと言っています。



2.面積は図形の平行に不変である。m(A) = m(A+x)


図形を動かしてもその面積は変化しないと言っています。当たり前です。



3.面積は加法性を満たす。m(A+B)=m(A)+m(B)。


図形をどう分割した所で合計の面積は変化しないと言っています。当たり前です。
面積についての定義ですが一次元の区間についても同様に定義できますので
これらをちょっとだけアレンジして使ってゆきます。


いよいよ式に戻って展開を続けます。
どうなるか見てみましょう。

  [0,1]=ΣQn


まず両辺は同じなので両方に測度関数m(集合を入力としてその長さを出力する関数)を適用します。

  m[0,1]=m(ΣQn)

ここで測度mがリーマン測度なのかルベーグ測度なのかまたは別の測度なのかは定義していません。
ただ全ての測度は上記の面積3性質を完璧に満たす事はわかっているので
それさえ使えればmはなんでもいいのです。


測度の第一ルール「区間[a,b]の長さはb-a。」を適用してm([0,1])= 1-0 = 1。よって
  1=m(ΣQn)

次にQn = P + qnを代入して
  1=m(Σ(P + qn))

証明は省略しますが(比較的簡単です) P + qnは各nに対してお互い重なりません。
次に測度第三ルール「互いに重ならない領域の長さは分割によっても不変」から
 m(Σ(P + qn)) = Σ(m(P + qn))。
mがΣの外から中に移動できます。
(やってる事はm(A+B)=m(A)+m(B)と同じでmの位置を動かしてまとめるとこうなります。)
よって
  1=Σ(m(P + qn))

最後に測度第二ルール「長さは平行移動により不変。」からm(P + qn) = m(P)。
そのため
  1 = Σ(m(P))

結局これだけが残りました。
さらに整理するためm(P) = pと書き換えます。
  1 = Σp

さてpの値はなんでしょう。


えー・・・・・・この方程式は絶対に解けないんですね。(汗)

なぜならpをなんらかの数値、p>0とすると
右辺はp×∞=∞ですから   1=∞
となり計算が合いません。

しかしじゃあp=0を代入しても右辺は0×∞=0で
  1=0
こちらも計算が合いません。

p=0じゃおかしい。p>0でもおかしい。長さがマイナス、p<0になることも当然ありません。
この計算式を成立させるpの数値は存在しません。
どうやっても無理です。

何でこんな事になってしまったかと言うとそれは
「m(P)は可測である(答えが存在する)」の仮定が間違っていた事になり
背理法によりm(P)は存在しないとの結論にせざるを得ません。
よってPは可測ではないが証明されました。
                   
Q.E.D


この論法の興味深い所は純粋な測度の最低要請条件だけから矛盾を導いた事です。
すなわちリーマン測度とかルベーグ測度とかに関係なく
これは「測度」の定義全てに起こる現象であり
この先どれだけ高度な「○○測度」を発明しようが
「Pは非可測集合である」である事を回避するのは絶対に不可能なのです。

測度論の目標であった「全ての図形の面積を測れる究極の測度」の存在は完全に否定されました。
シビアですが
 「世の中には絶対に測度の測れない集合もある。」
これが測度論が自分自身で示してしまった究極測度の否定証明です。



ここまでを読んで「じゃあ測度論の研究は全部無駄だったの?」との疑問が出る方ももしかしたらおられると
思いますが(^^;
いやいやそんな事は全然ありません。

究極の万能測度の可能性は否定されましたが
それはあくまでPだけが例外中の例外だっただけで
それ以外のケースは十分測量可能です。
実際ルベーグ可測とか「少々」程度の異常な図形は立派に測る方法を確立しましたし。
他にはPは無理ですがじゃあルベーグ測度以上、究極測度以下の次のレベルの測度が存在するかの疑問は別問題ですし。
後は線分の濃度などの興味深い問題もあって測度論のジャンルはまだまだやる事があります。

究極の測度は存在しませんでしたが
「あるかどうかわからない」から「ない事がわかった」んです。全然違います。
そこへ至るまでの考察の中で人類は「長さ・面積とは何か」の疑問により多くの答えを得て
測度の本質を勉強できたのは立派な成果です。




こんなのが測度論です。
「面積の測れない不思議な図形」から始まった図形(集合)とその面積(長さ)への探求の旅。
最後には面積の存在しない(絶対に測れない)図形が存在する事までわかって
個人的にはなかなか興味深いテーマだったんじゃないかと思います。

今回はこれにて終了ですが
このコラムで数学に興味を持った方は集合論から始めて測度論まで色々勉強してみると面白いと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。


前章へ

最新の日記へ